人吉市

山々に囲まれた人吉盆地の中心 人吉市は,自然豊かで,また相良藩700年の歴史や文化に彩られた城下町です。

人吉市の概要(平成13年3月31日現在)
人口 38,811人 県内11市のうち6番目
 世帯数 15,192世帯 県内11市のうち5番目
面積 210.55ku 県内11市のうち2番目
人口密度 184,33人 県内11市のうち10番目
 

歴史  鎌倉時代のはじめ,源頼朝の命を受けた相良長頼が、現在の静岡県相良町から人吉城に入城しました。以来、明治まで約700年間、一貫して相良氏の城下町として、人吉・球磨の政治経済の中心地として繁栄してきました。相良氏の人吉城の城址は人吉のシンボルです。この近世城の南側には中世城の跡も残っています。

 16代義滋の1540年ごろは九州の雄としてその力が強く、当時の実力者大内氏の船が中国に渡るときの警護を頼まれるなど,相当な海軍力を持っていました。

 明治10年の西南戦争では,相良藩は薩軍とともに官軍と戦い、西郷隆盛が人吉の永国寺に陣を敷いたため、市内が戦場となりました。

 人吉市は、昭和17年2月11日に、一町三村が合併して全国189番目、県内では3番目の市として市制を施行しました。

 かつて人吉は陸の孤島といわれていましたが、平成元年12月に九州自動車道 八代・人吉間、平成7年7月には人吉・えびの間が開通し、熊本・鹿児島・宮崎を結ぶ南九州における交通の要衝としての位置づけが著しく高まりました。

 しかし他の地域と同じように、人吉にも過疎化の波が押し寄せています。昭和30年頃には4万8千人だった人口も、今では4万人を割り込みました。